2001/6/18 美容院昭和40年。私が生まれた年である。東京オリンピックの翌年である。私が物心ついたとき、千円札は伊藤博文だった。JRは国鉄だった。500円はお札だった(岩倉具視)。ウイルスはビールスだった。 シャツのすそをズボンに入れないと、大人に怒られた。「だらしない!」と。トランクス派、ブリーフ派、などという対立がそもそもなかった。ブリーフしかなかったからである。しかも、「ブリーフ」などというかっこいい名前はついてなかった。「パンツ」である。 「不良」はボンタンをはいていた。「スケバン」はスカートが長かった。 そして、髪の毛は「散髪屋(床屋)」で切るものだった。「美容院」は、おばさんが行くものだった。不良はリーゼントにそりこみを入れていた。刈り上げはかっこ悪かった。と思っているうちに、いつのまにか長髪がかっこわるくなった。「テクノカット」に大人は眉をひそめていた。と思ったら今度は誰もテクノカットなどしなくなった。一回りして長髪が「ロン毛」として復活した。猫も杓子も髪の毛を染めるようになった。 高校の時、女の子はみんな松田聖子のような髪型だった。そうかと思ったらワンレンボデコンが流行り、と思ったら誰もそんな髪型はしなくなっていた。 時代はめぐり、私は35歳になった。そして今日、私は生まれて初めて、び、美容院(死語?)に行ったのである……。今日まで、私は美容院なるものに行ったことがなかったのである。3ヶ月に一回ぐらい、青赤白がぐるぐる回っている散髪屋に行って、「刈り上げで短めに」とか行って、この20年間、ほぼ同じ髪型である。しかし、テレビの中の男たち、はたまた年下の友人たちは、実に多様な髪型をしている。もちろん、私が言っているのはモヒカンとかスキンヘッドのような過激なもののことでなく、ごく普通のおしゃれな髪型、のことである。いったいどういう注文をすれば、あのような髪型になるのか。それすらがなぞである。うわさによると、「こんな髪型にしてください」と雑誌のタレントの写真を指差して指定したりすることもあるらしい。しかし、そんな恥ずかしいことできるはずがあろうものか。それに、そもそも、青赤白ぐるぐるの散髪屋に行っているかぎり、おしゃれな髪型は無理なのではないか。というわけで、思い切って美容院に行ってみることにした。 小野田さんや横井さんも「戦争はもう終わった」といううわさは聞いていただろう。自分でも「ひょっとしたら終わっているのではないか」とも思っていただろう。しかし、それでも、ジャングルから出てくるには何十年もかかった。私も、高校生ぐらいのとき「最近は男でも美容院に行くのは普通ずら(@山梨)」といううわさは聞いていた。しかし、本当だろうか。そんなうわさを信じて、美容院にのこのこ訪れたら、私には見分けがつかないけど、実は男も行ける美容院と女しか行かない美容院というものがあって、うっかり女性専用美容院に入った私は、いっせいに客や店員の白い目を向けられるのではなかろうか。あるいは、紹介も予約もなしに美容院に飛び込みで入る、なんてことはできないのではないだろうか。「何しに来たんじゃ、ワレ」という目で見られるのではなかろうか。いや、冗談ではなく、本当に不安だった。何回美容院の前を行ったり来たりしたことか。これ以上行ったり来たりしていると、「行ったり来たりしている」ということが店員にばれるのではないか、と余計に不安になる。ちらちら中をのぞくと、男の客らしきものが見える。しかし、男っぽい女かもしれない。ええい、と思い切って清水バンジー((c)H口さん)で入ってみた。ところが、誰も私の方を見ない。「ああ、やっぱりここは女性専用なのか?」とむちゃくちゃ不安になったが、しばらくすると店員がやってきた。よかった。受け付け(?)を済ませて、しばらく待っていると、「こんばんは。本日担当させていただきます、○○と言います」と女性の美容師さんがやってきた。た、た、担当?やはりここは世界が違う。一気に緊張が増す。洗髪をすませ、またしばらく待たされる。当然のように、雑誌を渡される。「メンズノンノ」? こんな雑誌、自慢ではないが、中を開いたことなど一度もないわい。おそるおそる中を開いて見ると、なんだか写真がいっぱいある。とにかくどっかに字はないか、とそろりそろりとページを繰る。そうこうしているうちに、さっきの美容師さんがやってくる。案の定、今日はどのようにしたいのか、などと要求を聞いてくるので、そもそもどう要求すればいいかわからない、というより要求は「単なる刈り上げ以外」でしかない私としては、正直に、今日生まれてはじめて美容院に来て、緊張している、と告げた。すると、美容師さんは、ビックリした様子で、さらにいろいろ聞いてくる。なぜ床屋にしか行ったことがないのかがそもそも不思議な様子。おしゃれやファッションに興味がなかったのか?とかいろいろ。しょうがなくありのままを話すと「違う世界の住人を見るようで面白い」といたく興味をもってくれた。小学校五年生の娘がいる、と言っていたが、話をしているうちに、なんと私と同い年であることが判明。どこで道が分かれたのでしょうか。 それにしても初体験の美容院、衝撃的でした。第一、切り方がぜんぜん違う。髪の毛をねじってはちょきちょき。なんだこの切り方は!驚きの連続でした。熱いし痛い顔そりはもちろんなし。いんや、たまげた、たまげた……。 |