1999/06/08 オーネットと私

 私は、かなり広い建物の中にいるらしい。どうやら、博物館か美術館のようなところらしく、照明は薄暗い。部屋の中心部に、大きな四角いスペースがあり、スチール製の柵というか手すりで仕切られている。ところが、その中には、別に展示品があるわけではなく、なぜか、芝生のような、牧草のようなものが一面に生えているだけである。ひょっとすると動物がいたのかもしれないが、よく覚えていない(だとすると屋内動物園のようなものだったのか?)私は、そこで、何かを待っているらしかった。すると、部屋に、ひょろっとした黒人の男が入ってくる。見ると、オーネット・コールマンである。どうやら私は、オーネット・コールマンのパフォーマンスを見るために、ここで待っていたらしい。しかし、彼はサックスを持っていないようだ。いったい彼は何をやってくれるのか?彼のことだから、きっととんでもないことをやってくれるのではないか、と私は期待しながら、少し離れたところで、彼の行動を見つめている。
 すると、彼はスチールの手すりの前まで悠然と歩いていき、立ち止まると、やはり悠然としたしぐさでベルトをはずし、ズボンを脱ぎはじめた。あ、と思う間もなく、彼はつづけてパンツも脱いでしまい、そのまま、手すりに腰掛けた。ちょっと嫌な予感がしながら見つづけていると、なんと彼は、そのままの姿勢で、柵の中の牧草地の一点をめがけて、尿を飛ばしはじめたのである。それだけでなく、彼は同じ一点をめがけて、器用に大便を飛ばしはじめた。私はしばらく呆然とそのパフォーマンス(?)を見つめていたのだが、待っていたときの期待が、しだいに困惑に変わっていくのを感じていた。たしかに、意表はついている。しかし……。そして私ははっと気づいた。くさい……私はあわてて、鼻で息をするのを止めた。博物館で大便、これ自体は、ひょっとするとぎりぎりの線で現代芸術のパフォーマンスの枠内におさまるかもしれない。確かにその取り合わせが意表をついていることは、手術台の上のミシンとこうもり傘や、美術館の中の男性用便器の比ではない。だが、この臭い……この臭いだけは、どうしても許容範囲を越えたもののように思える。この臭いは、私をいやがおうにも現実に引き戻し、博物館と大便という取り合わせ自体の意外性も、台無しにしてしまうような気がする。
 20世紀の数々の革新的な現代芸術も、実は無臭性の上に成り立っていたものでしかないのではないだろうか、そしてそれらは、匂いに関する常識的感性だけは、破壊できなかったのではないだろうか……そんなことを考えていると、とつぜん、部屋に髭面の白人の男が憤然とした面持ちで入ってきた。オーネットを一瞥したあと、彼は私に向かってこうたずねた。「どう思う?今の」どうやら彼は、このパフォーマンスのプロデューサーか何かで、夢の中の私自身も、このプロジェクトに関わっている人間であるらしかった。私は困惑してこう答えた。「うん……そうだね、ちょっと、はずしていたかも……」プロデューサーは、大げさな身ぶりで叫んだ。「はずしてるなんてもんじゃないよ!ひどいもんだ!」彼はオーネットの方に近づいていった。「おいオーネット!いったいどういうことなんだ!」だが、オーネットは、まったく平気な顔で、あいかわらず悠然と手すりの横に立っているのだった。下半身裸で。
 それを見た私は、やはりこの男はただものではない……そんな風に思ったのだった。